富山・黒部・宇奈月・魚津・入善・朝日のことを教えて、達人!黒部講座

恵みの多き富山 黒部の里。美しい自然に囲まれ、おいしい海の幸・山の幸が満載のまちです。そんな土地を知り尽くした達人たちに、暮らしのなかで感じる魅力を伝授してもらいます。

第45回 達人(2/2)

「宇奈月温泉の礎をつくった先覚者」

山田胖(やまだゆたか)さん

鉄道と温泉

三日市~桃原間の鉄道建設にあたり、沿線住民からは「貨物専用ではなく、一般客も乗れるようにしてほしい」という要望がありました。山田さんは、採算がとれるかどうか難しい状況だったにもかかわらず、「貴重な田畑を潰して鉄道を敷設するのだから、その要望に応えなければ」と、旅客・貨物兼用鉄道として工事を進めることにしたがです。
また同じころ、黒薙や鐘釣などの既存温泉から黒部川の水位低下を心配してダム建設反対運動が起こっていました。黒薙から引湯していた愛本温泉も湯温の低下などにより経営難となって売却を申し出たので、東洋アルミナムはこれらの温泉を買収し、黒部温泉会社を設立。引湯権や施設の一切を譲り受けることにして、反対運動に終止符を打ったがです。
ビジネスとして電源開発を有利に進めるだけなら、鉄道は貨物専用に、温泉は閉鎖してしまえばいいという結論になるがですけど、山田さんはそれに同調せず、どうしたら地元の人に喜んでもらえるか真剣に考えてくれたがです。

荒れ地を一大リゾートに

順調に進んでいるかに見えた開発事業だったがですけど、第一次世界大戦後の不況でアルミニウムが生産過剰となり、高峰博士がアメリカ企業と共同で進めていた計画が中止になってしまったがです。東洋アルミナムはアルミ製造を断念し、発電事業だけに専念することになりました。しかし、追い打ちをかけるように、大正11年(1922)7月に高峰博士が亡くなり、経営は日本電力(現・関西電力)に引き継がれることになったがです。
当初、日本電力は電源開発以外の事業にはあまり積極的ではなかったがです。これに対し、山田さんは「温泉を閉鎖するのは地元民の保養地を奪うことになり、望ましいことではない」と温泉の存続を強く主張。さらに、「開発工事は長期にわたり、完成した後にも上流への補給地となるのだから、桃原には相当の厚生娯楽施設が必要である。また、温泉地として開拓すれば鉄道客も増加し、繁栄するのではないか」と、会社幹部のみなさんを説得されたがです。
こうして桃原はリゾート地として整備されることが決まり、土地の買収や都市計画などが進められていきました。町の中心にある駅は鉄道開通当初は「桃原駅」でしたが、翌年には「宇奈月駅」と改称され、「宇奈月」という地名が広まっていったがです。

姫:山田さんが黒部に来られんかったら、今の宇奈月はなかったかもしれんがです。
温泉開設に大きな功績

温泉地にするとは言っても、源泉は何キロも上流にあります。温泉街として成功するためには、熱いままのお湯を引いてこなければならんがです。愛本温泉が閉鎖に追い込まれたがは、源泉から約9キロにわたって引湯していたため、途中でお湯が冷めてしまったのが大きな原因でした。愛本温泉の失敗を繰り返さないために、まずは引湯に使っていた樋(とい)で流下時間や水温の調査が行われました。
その結果、源泉(黒薙)から愛本まで引湯するのに11時間以上かかっていることがわかりました。途中4時間の地点では湯温43度だったがで、4時間以内に宇奈月へ引くことが目標になりました。山田さんは、1年前にたまたま愛本温泉で耳にした「湯元で水を加えると、もう少し温かい湯が来る」という話をヒントに、水を加えてお湯の温度が下がっても、流れる湯量が増えれば速く流れ、冷めないうちに引湯できることに気付き、(1)湯元の給湯量を増やすこと、(2)水路を圧力に耐える丸形にすることで最大の流速を得られること、などを土木工学的見地から導き出したがです。
このデータを基に、アカマツをくりぬいた木管約3,500本を繋ぎ合わせ、愛本温泉の引湯経路を踏襲して引湯管が敷かれました。大正12年(1923)11月末、熱いお湯の引湯に成功し、宇奈月は「宇奈月温泉」としての記念すべき第一歩を踏み出しました。
山田さんが黒部に関わったがは、大正15年(1926)12月に日本電力を辞めるまでの9年ほどでした。しかし、10年にも満たないその間に、彼は宇奈月温泉の確かな基礎をつくっていかれたがです。

アカマツの引湯管(年代不詳)と木樋(レプリカ)【黒部市歴史民俗資料館蔵】
じぃ:角形を丸形にすることで、より速く流れるとは! 素人にはわからんことですなぁ。

山田胖さんに関するお話は、宇奈月温泉自治振興会長の河田稔さんに伺いました。どうもありがとうございました!

宇奈月温泉自治振興会長の河田稔さん

【取材協力・参考文献】
黒部市教育委員会・黒部市歴史民俗資料館「開湯90周年特別展 宇奈月温泉の歴史を辿る」(平成25年)
関西電力北陸支社「やまびこ」No.88【宇奈月温泉街】(平成21年)
黒部市教育委員会『語りつぎたい黒部人』(平成20年)
宇奈月町教育委員会・宇奈月町歴史民俗資料館「開湯80周年特別展 黒部川のあゆみ 峡谷観光と電源・温泉開発」(平成15年)
チューリップテレビ「越中人譚」第14号【渓谷】(平成11年)
宇奈月町教育委員会・宇奈月町歴史民俗資料館「特別展 宇奈月の温泉開発」(平成11年)
宇奈月町教育委員会『郷土の先賢』(昭和59年)
河内則一『黒部峡谷並に宇奈月温泉開発の先覚者 山田胖先生顕彰碑建立記念誌(黒部開発の恩人 山田胖翁の功績顕彰録)』(昭和34年)
山田胖『宇奈月温泉由来』(昭和31年)

(2019年1月26日)

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